「ゴルフ場殺人事件」『名探偵ポワロ』

 ヘイスティングスが後の妻と出会う話である。ヘイスティングスが意中の人を口説き落とせたことで、オスの成熟という物語の課題はこのエピソードを以て一応は達成されたことになる。しかしその後味は複雑である。この話数は、アガサらしいといってよいと思うが、事件の全容を眩ますために出来過ぎた偶然を介在させる。その出来過ぎた感じはヘイスティングスの恋の顛末にも波及して、成熟の達成感を損なってしまう。
 筋を検討しよう。
 これは恋の未練というか終わったと思っていたそれがいまだ実効的だったと当人たちが発見する物語である。男に棄てられ傷心の女はその男の殺人現場を目撃する。女は自分を捨てた男を庇おうと決意する。これは女の誤解で男は単に死体の傍を偶然通りかかったのである。むしろ男の方も現場で女を目撃したわけだから彼女が犯人と誤解する。男も女を庇おうと試みる。最後に全容が明らかになると男と女は再発火するのであった。ポワロとともに休暇でフランスに滞在していたヘイスティングスが惚れてしまったのがこの女なのだ。女もヘイスティングスに気はあるものの、再発火の結果、ヘイスティングスはまたしても恋破れる。しかし未練はある彼がポワロとともに帰国はせず現地にとどまり海辺で傷心に浸っていると女がやってくるのであった。
 このギャルゲ的恣意はつらい。恋の孤独をかえって煽る。現実では待ってるだけでは絶対に何も起こらない。女がやってきたのは裏でポワロが工作をしたからである。フィクションを生きるヘイスティングスにはポワロがいる。われわれはこのポワロを持たぬのだ。
 『ランボー ラスト・ブラッド』に触れたとき、この感覚には言及した。ランボーのような叔父がいればとヒロインを羨望したのである。現実の大人のオスはランボーを当てにできない。全部ひとりでやらねばならぬ。ここでランボーの心象に移行する。
 同じことが「ゴルフ場殺人事件」でも起こる。最後はヘイスティングスの恋を取り持ったポワロの心象に言及がある。車中から抱擁する二人を見送りニッコニコになったポワロの顔が曇るのである。
 アガサは明らかにBLをやっている。ただ、ポワロには別の内省も想定できる。この人はベルギー時代に大恋愛をやっている。そこでは、彼自身が知らぬ間に、懸想の彼女と自分の友人の仲立ちになってしまったのだった。ポワロの陰りにはヘイスティングスが遠くへ行く寂しさとともに、自分はどうなのかという自省がある。話は青い鳥の痛ましさにアプローチするのだが、それはまたより広範な痛ましさにも言及しているように見える。その恣意的な再会には見えない働きがあった。然るべき理由があった。その然るべきということが朗々としてなおかつ哀しいのである。