フィルモグラフィーの記憶錯誤 『アウトレイジビヨンド』『ジャンゴ』

虐待された文系を救うだけではまだ訴求力に乏しい。シナリオ進行を担うに足る甲斐性が彼らになければ、共感は呼びがたい。三浦&加瀬&小日向を救済した『アウトレイジ』の価値観を俯瞰すればそのようになるが、『アウトレイジ』を続編の『ビヨンド』と併置してみると、また趣の異なる構造が浮かび上がるようでもある。



前作の多頭制とはやや違い、『ビヨンド』のシナリオ進行は、小日向が担い手を引き受けるかたちで整理されている。前作の踏襲として『ビヨンド』を考えると、文系の小日向は救われて然るべきであり、しかも、進行を担う動的な行動特性そのものが、小日向に対するわたしたちの関心と好意を喚起する。しかし作者は、今回の彼に、前作の國村隼と同様の帰属錯誤*1を設定する。動的な特性が記号化され、無茶と区別がつかなくなるのだ。



自分の魂胆を隠す努力すらしない小日向は、彼に好意を抱く受け手に対して、自らの生存を賭けたスリラーを提示している。彼の見え見えな魂胆はたやすく通用してしまう。その不条理劇がかえって不安を呼ぶのである。小日向の稚拙な陰謀を許容するように、登場人物の知性の水準が設定されているのだろうか。それは、シナリオ進行を一身に負託されてしまったがゆえの歪みとして合理化してよいのか。



わたしたちには前作の、虐げられた文系が救済された記憶がある。小日向は、価値観の準拠枠として参照されるべきキャラである。考えあって無茶をしているに違いない。そう信じたい。ところが、小日向に託された作中の価値観は土壇場で否定され、物語は幕を閉じる。彼は何も考えていなかった。前作の國村同様、適応的な特性を実装された機械にすぎなかった。



共感を寄せたキャラが非業の死を遂げることで、わたしたちの価値観を否定する。わたしたちはそこで、人として見なしていたものから突如として人間が見失われてしまうことで生じる、あの不気味の谷へ落とし込まれてしまう。



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キャラの既存の特性が、次作において誤誘導となり、わたしたちを爆破する。『アウトレイジ』と『ビヨンド』の併置は、この点で、『デス・プルーフ』の二部構成*2とリンクする。



デス・プルーフ』でシナリオ進行を担ったのはスタントマン・マイクであり、ガールズトークで進行を妨害した娘たちは彼によって轢殺される。しかし、スタントマン・マイクの動的な特性に共感を抱いたわたしたちのマインドセットは、後半に入るや、当のカールズトークに嘲弄され崩落する。前半でスタントマン・マイクを称揚した価値観は否定され、わたしたちは何を信じてよいのかわからなくなる。



つづく『イングロ』でも、『デス・プルーフ』の構造は踏襲され、キャラの動的な特性がわたしたちの好意を喚起しながらも、最後には否定される。俺たちのクリストフ・ヴァルツ大佐は、シナリオ進行の担い手として、わたしたちの好意をほしいままにしながら、作者の裁量によって挫折を迎える。



『ビヨンド』の小日向には、非業に斃れた大佐のキャラセッティングの痕跡を濃厚に見ることができるだろう。当人が続投する『ジャンゴ』についても、その踏襲はいうまでもない。『ジャンゴ』のイベントを駆動させるのは常に大佐で、ジェイミーは大佐の他律的な御輿に過ぎない。わたしたちの好意は、ジェイミーよりも、大佐の動的な特性にまたしても向けられる。前作とは違い、今回の大佐は薄気味悪いほど啓蒙主義者である。今度こそ救われるにちがいない。ところが、暗雲は立ちこめるのである。冒頭で奴隷業者をヒャッハーと撃ち殺す大佐と、ディカプリオを前に苦悩する大佐はもはや別人なのだ。



『ビヨンド』の小日向と同じように、造形が軋み声を上げている。イベントのトリガーとして駆動した大佐は、イベント進行の担い手でありすぎたために、イベントがキャラから離れて自律した段階に至っては、逆にイベント進行に応じてその人格を改変され、人格の一貫性を保てなくなったのだった。



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俺たちの大佐を愛してしまえば、そこに、キャラの行く末を案じるわたしたちの狂騒が生じる。今回こそは大佐には幸せになってほしい。『イングロ』で大佐を罰さずにはいられなかったタラの道徳情操を踏まえるわたしたちは、『ジャンゴ』の良識ある大佐を見て、これは大佐に対するタラの贖罪だと解釈し、今度の大佐は固いと安堵する。ところが、またしても、くそタラにしてやられてしまうのである。『イングロ』で構成されたマインドセットに誤誘導された結果、『ジャンゴ』の大佐の顛末が、期待外の、いわば銀英伝8巻級の衝撃に増幅される。『デス・プルーフ』でスタントマン・マイクを退治し、『イングロ』で大佐を罰した、物語の既存の文脈から乖離するような人間性への謎衝動が、『ジャンゴ』では、道徳情操昂揚の生け贄として、良識者として生まれ変わった大佐を虐死に至らしめるのである*3



わたしには、タラの感性は支持できない。人権擁護のためにキャラの福祉を踏みにじってしまうとすれば、それはあまりにも粗雑なことではなかろうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/disjunctive/20110108#p1

*2:http://d.hatena.ne.jp/disjunctive/20120925#p1]

*3:おもしろガハハと高潔倫理の狭間「ジャンゴ 繋がれざる者」−挑戦者ストロングを参照。「彼は「すまん、我慢できなかった」と言うんだけど、我慢できなかったのはタランティーノ道徳心であって、あのゴキゲンな歯医者さんではあるまいと思えてならなかった。」