仮文芸

現代邦画とSFの感想

レ・ミゼラブル

近代化の比較史的研究 (1983年)政治的な近代化をアンロックする際、同時に経済的近代化のロックを外さなければその瞬間に詰む。経済の近代化とは農村における土地所有の近代化であり、端的にいえば農民の解放である。アンシャン・レジーム下の農村では16世紀以降、幕藩体制では17世紀末から、農民層は地主と小作農に分解を始め寄生地主制による貧窮化が進展していた。


自作農が小作隷農に転落する原因は領主による収奪の強化にある。農民に余剰を作らせないほど生産地代が重くなれば、農民は不慮の偶然に対応できなくなる。病気で牛を失った農民は先立つものがなければ信用掛で商人から牛を買う。期限までに返済ができなければ牛の所有権は失われ享有権のみが手元に残り、返済できない限り利払いは続き農民は地主の支配に服する。いままで自己の土地で辛うじて生活を維持することが出来たが、いまやその生産物が折半されてしまえば、その再生産はますます困難になり再び地主から前借を余儀なくされ、それは次の収穫をまって支払われる。農民の経営は次の収穫の犠牲においてつづけられる。このような債務関係の悪しき循環を通じて農民はその土地に緊縛されるようになる。


イングランド寄生地主制を免れたのは強力な王権が領主層を牽制して収奪を阻止したからである。他の国では人為的な介入なくして農民は負債から解放されず近代はアンロックされない。革命によって無償で農民を地主による債務関係から解放したフランスでは、全農家数の35%以上を占めていた小作農は1929年には5%に低下した。日本では地主的土地所有は維新後ますます強化され1929年には小作地は全耕地面積の5割弱を占めるに至る。貨幣地租は農民の総労働生産物の34%を占め旧来の領主制的貢租と殆んど変らなかった。無償であらゆる封建地代から解放されたフランス農民と異なり明治維新の土地改革は農民を封建地代から真に解放したものではなかった。


プロイセンの改革は有償で農民に領主の賦役と土地を買い取らせた。解放された農民は数十年ものあいだ補償金を支払いしばしば最低水準ぎりぎりの生活を送った。不運に見舞われば農家の経営は行き詰まり地主に借金する。領主から解放はされても補償金の負担で余剰を欠くために返済の見込みはなく彼は再び小作に転落する。プロイセンの農民解放は地主への土地集積に結果した。


革命による体制変更ではなく行政主導で近代をアンロックすると、領主層への配慮のために農民の解放は有償で行われる。スイスで近代がアンロックされたとき地主層の反発を抑え込んだのはフランス軍の進駐であった。


債務関係によって土地に拘引されたとき、農民は共同体と呼ばれる機制に組み込まれている。共同体は個人から裁量を奪う。土地に拘引された農民は移動と労働の自由を失っている。古代世界は奴隷経済が持続不能であったため没落した。奴隷は自己の私的な経済と家族とをもつことが出来きず奴隷経済の内部では再生産不可である。外部から買うか戦争をせねば持続不能だった。農村の共同体も同様に持続不能である。前借を前提とする農家経営の自転車操業はいつかは破綻を免れない。しかし一度近代をアンロックすると国による所有権の侵害が規制されるために農村の共同体を解体できなくなる。近代のアンロックから半世紀後、行き詰まった田園の共同体はワイマールと日本の政党政治を不安定にした。


ウォーラーステイン風に考えれば、そもそも共同体は解消しない。消えた共同体は外部に排出されたに過ぎない。近代がアンロックされギルドと呼ばれる都市の共同体から解放されたイングランドの職人たちに大陸の同業者は太刀打ちできなくなった。フランスはイングランドの毛織物に対抗して輸出用のモノカルチャーを農村に課した。モノカルチャーでは取引が個人ではなく村単位で行われるために共同体が培養される。イングランドは共同体を大陸の排出した。ワイマール破綻後のドイツは東欧に侵攻して自国の小作農をポーランドに植民させ共同体を排出した。現地の自作農は土地を収奪され小作農に転落したのだった。30年代の日本は農村の共同体を満州に排出した。


共同体の排出も常に排出先となる外縁を必要とする点で持続不能である。ドイツからポーランドへ共同体を排出しても、共同体がそこにとどまればポーランド社会もいずれ破綻に瀕するので、近代は永遠にフロンティアを要求する。近世に入り検地によって設定された本百姓は、15世紀より始まっていた列島の大開墾時代が終わると領主による生産地代の強化により石高所持を失い始め各地で地主への土地集中が進行していった。13世紀以来、西南ドイツから植民が行われていたエルベ以東のドイツでは農民には相対的に大きな保有地が与えられ、相対的に軽い生産物地代または貨幣地代が課せられていたにすぎなかった。16世紀以降に荒蕪地が開発し尽くされてはじめて労働地代は増大した。地球から共同体を完全になくそうとすれば、いずれ火星にでも排出せねばならないだろう。