正調の時代劇に近づくとかえってコスプレ劇の血が騒ぎだすのか、やってることは『翔んだカップル』と変わらない。路上で失神した巴など打ち捨てておけばよいものを、やはり性欲に抗えず拾ってしまい押しかけ女房される剣心。怪我にハンカチイベント。部屋にお花イベント。「ちゃんと食べてくださいね」イベント。剣心は訓致され人前で寝るイベントが勃発。しかし『翔んだカップル』なのである。ただのアイドル映画では終わらない。
本作の創作の課題は巴の造形にある。基本的にはミイラ取りフォーマットであり、夫の復讐を目論む女は殺人マシンの柔化を試みる内に自分がミイラになってしまう。
巴の行為は自然にかなっている。巴の婚約者は性能の低いオスであった。何しろ相手は有村架純であるから、相当なプレッシャーになったらしく、男は京都に出稼ぎ志願をして討ち死にする。対する剣心の性能は言うまでもなく、巴が惹かれてしまうのは自然である。が、創作の観点からすれば薄情な女に見えてしまう。巴は悔やむ。男の上京を止めていればと。しかしそのまま男と一緒になったとしても、超高性能メスたるカスミンは甲斐性なしのオスに我慢できたのだろうか。『花束みたいな恋をした』の課題と本作は地続きなのだ。
メスのジレンマをどうすべきか。メスとして当然の行為をした女が尻軽に見えない方策はあるのか。これが物語の課題であり、最愛の男が危機に陥ったとき巴はそれを見つける。身に代えてこれを守ろうと決意したカスミンは満ち足りたともいえる不思議な顔をする。自分はずっと死に場所を探していた。これを知ったのである。
剣心はけっきょく巴に拒絶される。そのやり方に芸があり筋の効率性がある。斃れた巴の抱擁を試みると、女は懐剣を男の頬に当てがって謝絶する。頬には、かつての婚約者が負わせた傷痕があり、女はそこに刃を重ねる。ケーキ入刀である。初めての共同作業である。剣心を媒体にして巴はようやく婚約者と添い遂げ、剣心は死者の連帯から疎外されたのであった。