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石炭を食う 19世紀イギリスの食料事情

The Cambridge Economic History of Modern Britain (The Cambridge Economic History of Modern Britain 2 Volume Hardback Set)近世におけるイギリスの人口動態の特徴は、経済成長に比べ人口増が抑制的だった点にある。この間、イギリス国民の栄養状態は改善していったのだが、19世紀に入りふたたび人口が増加に転じると食料事情は悪化した。経済成長は栄養や健康の改善に貢献できなくなった。


1800年当時、標準的な労働量をこなすために成人男性は一日3,200kcalを要した。この数値は輸入と女性と子どもの消費量を減らして、かろうじて達成された。人口の半分は健康維持に必要な熱量を調達できず、その10分の1に至ってはゆるやかに餓死しつつあった。




19世紀以前のスコットランド人は栄養学的に適切な生活を送っていた。燕麦と牛乳の組み合わせは栄養バランスに秀でていた。ただ、飢饉に弱く生産性の低いスコットランド農業は熱量の供給に問題をかかえていた。17世紀末には人口の15%が飢饉の犠牲になった。




スコットランドの農業が躍進を見たのは18世紀後半である。イングランドでは数世代かかった進歩をローランドは数十年で達成した。新たに導入されたカブは牛の冬季飼料とビタミンCを提供し土壌を改良した。燕麦の生産量も増大した。ハイランドとアイルランドではジャガイモの栽培が普及し主食となった。


農地の改良とともに都市化も始まった。スコットランドでは19世紀半ばには2割強の住民が都市に居住した。彼らは燕麦と大麦の代わりに小麦パンを消費するようになった。1880年代以前にかぎっていえば、そのパンは全粒紛だったため、パン食への移行は栄養学的に大きな変化とはならなかった。安価なマーガリンも導入されたが、ビタミンAとDを欠いた。茶とそれにともなう砂糖の消費が増加した。カルシウムと鉄分が豊富な糖蜜がより栄養価の低いシロップに置きかえられた。都市はますますジャガイモに依存した。ジャガイモは都市生活で唯一の野菜となった。


1915年の徴兵検査によれば、農村出身者の平均身長は都市住民を凌駕した。低所得だった農村部ではパン食とジャガイモへの転換が遅れ燕麦の消費が続き、良好な栄養状態が維持されたのだった。




アイルランド人の食生活にもうれしい誤算があった。19世紀以降、大陸封鎖で供給不足に陥ったイギリスに向けて、アイルランド穀物と肉類と乳製品を輸出するようになり、貧困層にはジャガイモとバターミルクしか残されなかった。しかし偶然にもこの組み合わせは栄養学的にみて理に適い、ジャガイモ飢饉が起こるまで所得は低いがガタイはいいアイルランド人を量産した。


イングランドの食生活がピークに達したのは18世紀半ばである。彼らは19世紀人よりも多様な食品を多く摂取していた。1800年までに農業の生産性が人口増に追いつかなくなると、小麦とジャガイモだけが以前の供給量を維持した。




悪化するイングランドの食生活に際して、フレデリック・イーデンは南部のパン食嗜好を疑問視し、北のランカシャーやウェストモーランドの食生活を推奨した。燕麦、大麦、乳製品、ジャガイモである。逆にアダム・スミス燕麦を蔑視し、パン食こそイングランド人の優美な肉体の源だと放言した。いわく、燕麦食いのスコットランド人を見よ、彼らは同階級のイングランド人より虚弱で醜い。これはもちろん栄養学的には誤りであり、パン食よりも燕麦を牛乳で煮た方がずっといい。スコットランドイングランドの平均身長差が証拠である。小麦パン・バター・茶・ジャガイモの組み合わせは、ビタミンB、亜鉛ヨウ素、リシンが不足する。


地域の比較でいえば、19世紀半ばの段階でイングランド人の栄養バランスはいうほどひどくはない。ただ、熱量が足りていない。細かく見れば、農民の摂取するたんぱく質の量は適切であるが、それ以外の栄養素は足りていない。特にカルシムとB12が欠乏している。大部分の家計が必要な栄養素量の半分も達成できていない。




スコットランドアイルランドの農民は熱量にはめぐまれた。牛乳を多く消費し高身長を誇った。肉類は消費が低調だった。肉類の消費が高いのはイングランド北西部である。彼らは熱量を犠牲にして所得を肉類の消費に向けた。アダム・スミスの観測では、肉類はおもに男性労働者が消費し、妻や子どもが口にするチャンスは週に一度しかなかった。肉の代わりとしてミルクを投じた茶やポリッジを消費し、パンと水だけの食事もめずらしくなかった。1860年イングランド人の熱量摂取はどん底になった。父は肉を食い、妻は茶を飲み、子にはミルクすらない。女性は茶、砂糖、糖蜜に依存するようになった。これらは熱量の足しにならないのだが、少なくとも食欲を抑制した。


都市化が進行し、多くの人々が放任された市場で食品を購入するようになると、食品偽装が社会問題となった。ミョウバンで嵩増しされたパンはカルシウムの吸収を阻害し、くる病の原因となった。水や酢で希釈された牛乳は病原体を運び、ホワイトポイズンと呼ばれた。冷蔵庫や低温殺菌はいまだ発明されていなかった。


イギリスの食料事情がふたたび好転するのは1870年以降である。イギリスはついに蒸気の助けを借りて広大な土地に入植し、イギリス国民に必要な食料を確保して、石炭と食糧は可換すると証明した。アメリカの鉄道網、ロシアの解放農奴、冷蔵庫の発明がアンロックしたアルゼンチンの牛肉。これらがイギリスを飢饉の危機から救ったのである。