映画

『散歩する侵略者』(2017)

スコセッシの『沈黙』(2016)は一種のグローバリゼーション映画であろう。その辺の村の爺様が俺よりもよほど流ちょうに英語をしゃべってムカつかせてくれる。村娘の小松菜奈もとうぜんしゃべる。彼女だけは発声が稚拙になってしまうのだが、これがかえって思…

『スーパーの女』(1996)

伊丹十三の後期三部作『ミンボー』『スーパー』『マルタイ』が試みたのは近代の捕捉であった。これらの物語は近代の宿った心の状態を勇気と定義する。ヤクザとカルトという非近代の襲来を受けた経理マンと女優は、自分の奥底に眠る勇気を発見したのだった。 …

ガッサーン・カナファーニー 『太陽の男たち』

『ザ・ウォール』(2017)は密室劇に近い。イラクの砂漠で米軍の狙撃手(アーロン・テイラー=ジョンソン)がイラク人の狙撃手と壁を挟んで対峙する。無線を通じて相手は挑発を繰り返す。米国製作なので話はアーロンの視点である。しかし、アメリカとイラクと…

『舟を編む』(2013)

これほど捻りのない邪念も珍しい。下宿屋に大家の孫娘が越してくる。それが宮﨑あおいなのである。院卒アスペルガー松田龍平は逆上せあがって告る。ふたりは入籍。完、である。これは何なのか戸惑うほかはないが、しかしというか、やはりというか、通底に不…

『おみおくりの作法』(2013) Still Life

単身者にとっては恐怖映画であろう。四十路半ばの単身オッサン(エディ・マーサン)は民生委員である。彼は日々、孤独死の後始末をやっている。このままいけば自分も彼らの仲間入りである。 受け手が単身者ならば一刻も早くこの恐怖から逃れたいはずだ。映画…

新幹線大爆破と私

幼少のころから作品自体の存在は知っていた。しかし、タイトルから滲み出るB級臭にうんざりして、実際に見たのは学生になって2年目のことで、荻窪駅前のTSUTAYAで何の期待もせずレンタルしたのだった。それで最初の難関、浜松駅の入れ替えで「すまなんだ」と…

『アルキメデスの大戦』 (2019)

『帝一の國』(2017)の感化はあると思う。菅田将暉の登板がそもそも帝一を踏まえたものだろう。『帝一の國』には色々と感ずることがあったが、その永井聡演出はやはり一定の影響を各方面に与えたようである。 話は別にしても、美術を見てるだけで満足する類の…

『ヒミズ』(2012)

これもまた作者の本音を偽る類の話である。あの冒頭の、担任が住田を囃し立てる場面だが、「みんな特別、ひとつだけの花、すみだがんばれ」云々とつらい。これは古谷実ではなく園子温の台詞だろう(原作未読)。いずれにしても、作者の本音だとは思われない…

文明架空戦記 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

必要なのは悩みと事件である。登場人物には彼固有の性質に由来する悩みがある。他方で、その悩みを顕在化すべく事件が彼を襲う。キャラクターは災難に対応する過程で人生の課題と向き合う。その際、キャラの課題はどう解決されるのか、物語の職人の技量が試…

レティシアがかわいい。あるいはなぜかボーイズラヴ 『冒険者たち』

レティシアはアホの子である。ロベール・アンリコの演出力は初出の彼女を一目見せただけで受け手にこれを把握させる。話はスクラップ置き場で物色をしている彼女から始まるが、半開きの締まりなき口元を眺めているだけで、ああ、アホの子だとしみじみと伝わ…

『ハロー!?ゴースト』(2010) Hello Ghost

困ったことに、ほぼ全編まことにおもしろくないのである。なぜその行為が必要なのか、明確にされないまま話だけは先に進んでしまう。しかし理由があるのだ。おもしろくしてはまずい事情がある。 原案である Heart and Souls ('93) と比較してみよう。 事故死…

『サマータイムマシン・ブルース』(2009)

この映画の醸すセクシャリティは曰く言い難い。舞台原作であるから、ただでさえ舞台調の現代邦画ジャンル物演技がとどまるところを知らず、躁々としたその芝居は薄弱の人々を思わせる。しかし樹里と真木よう子は冷めていて舞台調の芝居をやらない。男優たち…

器質としての宿命

『砂の器』のリメイクがまことにうまくいかない。本家が達成した宿命の感じがリメイクの諸作あっては薄くなっている。加藤嘉にとってハンセン病は自分の責任ではなかった。つまり『砂の器』は責任のない事態への対峙を宿命と定義している。渡辺謙の2004年版…

守れなかった

ニューシネマの挫折感がすきだ。殊に『いちご白書』のそれがたまらんのであるが、しかし不思議なのである。『白書』は学生運動が頓挫する話であり、講堂に立てこもった学生たちが警官隊に排除されて終わる。特に人死にが出るわけもなく、ニューシネマ基準か…

『さよならくちびる』 (2019)

小松菜奈に求められると成田凌がヒューモラスな反応を来す。成田の反応には、われわれがギャルゲ主人公に覚える様な離人感がよく出ている。ギャルゲ主人公はわたしであるはずだ。しかしこんなかっこいい男わたしではない。 『さよならくちびる』では成田凌=…

『ジョーカー』(2019) Joker

ホアキンが深夜映画を見ている場面がある。流れているのはフレッド・アステアの Shall We Dance である。アステアのミュージカルでもっとも好きな話だからこれには目を惹かれたのだが、劇中でアステアを挿入した語り手の自意識は検討されていい。 アステアの…

『横道世之介』(2013)

『ほしのこえ』は驚嘆すべき物語である。リリース当時とは全く異なる意味合いでわたしたちの涙腺を揺さぶってくる。 本来は結末がぼかされた話だった。ミカコとノボルの顛末は、幾分かの希望を交えながらも、作中では明らかにされなかった。ところが、今日の…

『くちびるに歌を』(2015)

紛らわしいのだが、塩田明彦の小松菜奈ではなく2015年のガッキーの方である。ツンツンしたガッキーが音楽教師として赴任してくる。これが実に紋きりでけしからん。どうせこのツンツンが生徒との交流を通じて心開くのだろうと侮っていると、実際その通りにな…

未練と馴れ合う

『トト・ザ・ヒーロー』は『秒速』の構成や演出に大きな影響を与えたと考えられるが、同時に秒速を『トト』の結末に対する返歌だと見なすこともできる。 両作ともモチーフは男の未練であり、別れた女に呪縛された男が彷徨を重ねる。『トト』のラストパートは…

凡庸なるストレス

『おしん』青春編はつらい。全編つらいのだが青春編のつらさは性質が異なる。おしんの成功に受け手の境遇が浮き彫りにされてつらくなってしまう。 髪結いの下働きを始めたおしんを師匠が贔屓する。おしんの才能を見抜きスピード出世させる。日本髪が廃れよう…

『クレヨンしんちゃん ガチンコ! 逆襲のロボとーちゃん』(2014)

理念を優先すれば筋が停滞しかねない。受け手の興味を惹くイベントが進行した結果、父権の凋落が明らかになるのではなく、凋落する父権を語るために資源が動員されている。この悪手はモチーフの構成にとどまらず、キャラクターの性格描画に費やされる場面ま…

『幽霊刑事』(2001) 7號差館 / Nightmares in Precinct 7

『干物妹!うまるちゃん』の第8話はクリスマス話数である。 タイヘイに気長に惚れている叶はクリスマスに予定がなく荒れる。イブに叶は遊びに行かないかとタイヘイに誘われる。彼女は行きたくてたまらない。しかし誘いを断ってしまう。社長令嬢のセレブである…

『人生劇場 飛車角と吉良常』

藤純子がおもしろい。 追われ身の鶴田浩二は潜伏先で藤としけ込んでいる。その際、鶴田に向かって展開される藤の品の作り様がコミカルなほど過剰なのだ。 例によって鶴田のナルシシズムの反映である。 ところがこの後、鶴田が懲役へいくと、藤の媚は男のナル…

『男はつらいよ 望郷篇』

『ちはやふる結び』で叫び声を上げた場面があった。千早が新に告られる。千早が好きで好きでたまらない太一はそれを知って突如退部。太一の気持ちを全く察しない千早は退部の理由がわからず、なぜやめるのかと線路脇で太一を問い詰める。わたしは激昂した。…

『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』

体育会系を媒体にして文系賛歌の調べを奏するのは常套としても、クリストファー・マッカリーの文系世界ともなると、その媒介の意匠に捻りが出てくる。 アステアのミュージカルのように文系に身をやつす体育会系が爆発するだけでは、『ユージュアル・サスペク…

何処にもない国

見せたいものを見せるのは野暮である。 『コクリコ坂から』の冒頭でメルは炊飯をすべくコンロを点火する。この一連の芝居の一々が、押井守のガンアクションのように、カットを割って叙述される。 マッチを取り出す。 マッチを点火する。 コンロを点火する。 …

『恋は雨上がりのように』

何たる破廉恥。何たる邪念の迸りか。こう思わされた時点で敗北なのである。不自然には罠があり、むしろ語り手は受け手がそう思うよう誘導している。しかし、これは条件反射しても仕方がない代物ではないか。 徐々にオッサンの魅力が開示されていく語り口では…

『ふがいない僕は空を見た』

『芋たこなんきん』の正気ではないキャスティングをわたしは思い出すのだ。徳永家の茶の間で國村隼の隣に田畑智子が妹として鎮座して微笑を湛えている。それは兄妹にはとても見えないはずなのだが、智子の童顔には人の錯視を誘いかねない、腐った果実のよう…

答え合わせ

ベン・アフレックは『アルゴ』で河原者の負い目に言及している。アラン・アーキンの扮する映画監督は娘と疎遠である。なぜと問われると彼は自嘲する。 「嘘で塗り固まった人生だからさ」 虚業の負い目が家庭問題として具現化することで当人を動機付ける。 ベ…

『続・男はつらいよ』

懸想の対象には恋人の影がある。しかし欲望がそれを曲解することで前兆は潜在化する。かくして恋は唐突に失われる。佐藤オリエに懸想した山崎努の動揺に言及があるのは序盤の一場面だけで、あとは後半までこのふたりのラインは潜在化する。その悲恋は寅を唐…